はじめに
「うちの子、塗り絵だけは集中してできるんです」
そんな声を保護者の方からよく聞きます。
発達障害のある子どもにとって、“遊び”や“学び”のスタイルには個性があります。そのなかで「塗り絵」は、遊びの延長として自然に取り組めるだけでなく、感覚の調整や集中力、手先の運動など、発達のいろいろな側面を支える力を秘めています。
本記事では、発達障害のある子どもがなぜ塗り絵に夢中になるのか、どのような塗り絵を選ぶと良いのかを、専門的な視点と実例を交えてわかりやすく解説します。支援者や保護者の方がすぐに取り入れられるヒントも満載です。
発達障害の子どもが抱える特性とは?
発達障害にはさまざまなタイプがありますが、代表的なものとして以下のような特性がよく見られます。
ASD(自閉スペクトラム症)の特徴
- 感覚過敏または鈍感(音、触感、視覚刺激など)
- 同じ動きを繰り返すことへの強い好み
- 興味のあることには強く集中(こだわり傾向)
- 想像力を使う遊びが苦手な場合もある
ADHD(注意欠如・多動症)の特徴
- 集中が続かず、気が散りやすい
- 思いつきで行動しやすい
- 順番を守ることや、じっとしていることが難しい
これらの特性により、一般的な遊びや学習がストレスになることもあります。しかし、一方で「好きなことには夢中になれる」という特性があるのも事実。塗り絵はその特性をうまく引き出せる活動の一つなのです。
塗り絵が発達障害の子どもに与える良い影響
① 感覚の刺激と調整
発達障害のある子どもにとって、色や形の刺激は重要な感覚体験です。塗り絵は視覚を中心とした感覚をコントロールできる活動であり、心地よい刺激を自分のペースで選べるというメリットがあります。
同じ動きを繰り返すことが落ち着きをもたらす「自己刺激行動」の一つとして、線をなぞったり、均一に塗りつぶす作業が好きな子も多いです。
② 運筆力・微細運動のトレーニング
塗り絵は鉛筆やクレヨン、色鉛筆を使って手を動かすため、自然と運筆の練習になります。これは将来的に「書く力」にもつながります。
特に手先の動きが苦手な子には、ぬる作業そのものがトレーニングになります。作業療法(OT)では、実際に塗り絵を療育の一環として取り入れているケースも多いです。
③ 達成感・自己肯定感を育む
完成した塗り絵は「目に見える成果」として残ります。これが「できた!」という感覚、すなわち自己効力感や達成感につながります。
発達障害の子どもたちは、日常の中で「失敗体験」を重ねやすいもの。塗り絵は「正解」がない活動であり、自分のペースで進められるため、成功体験を得やすいのです。
④ 集中力の向上・没頭体験
「落ち着きがない」と言われがちな子でも、好きなテーマの塗り絵には集中できることがあります。これを「過集中」と呼びます。
好きな動物、キャラクター、乗り物など、「これは大好き!」と思えるテーマなら、自ら進んで机に向かうことも。周囲が驚くほど集中して取り組む姿が見られることもあります。
発達障害の子どもが夢中になる塗り絵の特徴とは?
特徴1:線が太く、はっきりしている
空間認知が苦手な子どもにとって、細かすぎる線や曖昧な境界は混乱のもとになります。塗るべき範囲が明確にわかる「太くてくっきりした線」の塗り絵は、安心して取り組めます。
特徴2:テーマが明確で、子どもの興味に合っている
子どもが好きなテーマであればあるほど、塗り絵への関心は高まります。
例:
- 動物が好き → ネコ、イヌ、ライオンなどの絵
- 乗り物が好き → 電車、消防車、バス
- 食べ物が好き → ケーキ、お弁当、フルーツ
特にASD傾向のある子どもは、特定のものに強い興味・こだわりを持っていることが多いため、テーマ選びが大切です。
特徴3:ステップアップできる構成
初めはシンプルな図柄、徐々に複雑な模様へ。難易度に幅がある塗り絵を用意することで、子どもの「もっとやりたい!」という気持ちが自然に引き出せます。
特徴4:パターンや繰り返しのあるデザイン
曼荼羅や幾何学模様のような、同じ形が繰り返される塗り絵も人気です。
ASDタイプの子どもには、規則的なパターンが心を落ち着ける効果があるとされています。これらは感覚統合にも効果的とされ、支援現場でも活用されています。
塗り絵を選ぶときのポイントとおすすめのタイプ
おすすめの塗り絵のタイプ
- 太線&大きめの図柄の塗り絵(100円ショップにもあり)
- キャラクター塗り絵(好きなモチーフを活かす)
- マンガ風・ストーリー付きの塗り絵(想像力も伸ばせる)
- 幾何学模様・曼荼羅風の塗り絵(落ち着きたいときに)
自作・無料ダウンロードも活用しよう
インターネットには、PDFで印刷できる無料塗り絵サイトも多くあります。子どもに合ったデザインを探すときに活用できます。また、自分で子ども用に塗り絵を作ってあげるのもおすすめ。写真を線画化するアプリを使えば、オリジナルの塗り絵も簡単に作れます。
塗り絵を通じて気をつけたいこと
無理にやらせないこと
どれだけ良い活動でも、本人が「イヤだ」と感じるなら逆効果です。最初は数分でもかまいません。大切なのは「やらせること」ではなく「やりたい気持ち」を引き出すことです。
他の子と比べない
「お兄ちゃんはこんなに上手だったのに」「友達はもっと早く終わってる」など、比較はNG。あくまで「その子自身が楽しめているかどうか」が重要です。
道具も感覚に合わせて
感覚過敏のある子には、「手が汚れない色鉛筆」「においが少ないクレヨン」など、道具の選び方にも工夫が必要です。色鉛筆の芯の硬さや、紙の質感などにも敏感な子もいるため、少しずつ試して最適な道具を探してみましょう。
まとめ|塗り絵は“心の安定”と“成長”の架け橋に
塗り絵は単なる暇つぶしではありません。
発達障害のある子どもたちにとって、塗り絵は「心のバランスを取る時間」であり、「自分らしさを表現する手段」です。
親ができることは、特別な知識や訓練ではなく、「その子が夢中になれる環境を用意してあげること」。それだけで、子どもの中にある可能性は自然に動き出します。
今日、お子さんが選んだ1枚の塗り絵が、明日の自信や笑顔につながっていく――そんな未来を信じて、ぜひ一緒に取り組んでみてください。